獣の奏者。

 世界にぐいぐい引き込まれてあっという間に読み終えていました。胸の中に残った何かには重さがありました。上橋先生の圧倒的な筆感がたまりません。

獣の奏者 I 闘蛇編

獣の奏者 I 闘蛇編

 闘蛇の医術師として働いていた母を目の前で失った少女エリン。エリンは蜂飼いであるジョウンに育てられ、野生の王獣と出逢う。そして、獣ノ医術師となるための保護場で、幼獣のリランと出逢う。
 闘蛇や王獣の姿が目の前に現れたような気がしました。そして、その無気力さや残忍さ淋しさもどことなく感じられます。エリンの母が命をかけてまで守ろうとした秘密をエリンはなにも知らずに育っていきます。エリンの好奇心と探求心は彼女の廻りだけでなく、世界をもどんどん変えていくことになります。獣との距離がエリンは他の誰よりも近いのかもしれない。そこにある壁というものを感じる前に近づいて、怖れというものを感じずにいるからこそできたことなのかもしれないと思うのです。エリンにはたしかに才能があったし、廻りの条件も整っていたのかもしれない。でも、エリンが自分自身で考え、選んだことだから素直に頷けるのだと思うのです。上巻のラストは非常にいいところで終わっているので、絶対に下巻を手元に置いておいてから読むことをおすすめします。下巻の50ページ目までを一気に読んでやっと、読みたいという餓えが止まりました。

獣の奏者 II 王獣編

獣の奏者 II 王獣編

 エリンは王獣のリランと言葉を交わすことができるようになる。リランが子を産んだことで、真王が保護場を訪れ、そして惨劇の幕開けとなったのだった。エリンがやり遂げたことは危ういバランスの上に成り立っていた、この国を揺るがす出来事となっていく。
 リランの成長やエリンと伴に空を飛ぶシーンはゆったりとした気持ちで読んでいましたが、中盤で事態は一変し、上巻で出てきたイアルやセィミア、シュナンなど、この国の最上部の陰謀へと繋がっていきます。エリンが祖母の誘いを断ったあとで自問している言葉が、すごく重くて深くて、切ない。この部分がこの物語の核なんだろうと思います。そして、ラストでリランが見せた行動がそれに対する一つの答えでもあるのかもしれない。
 同じ人間同士でも分かり合うことはできない。不安や怯えに苛まれながらも繋がりを求めて、お互いに縛り合っている。違う生き物同士であったなら、なお分かり合うことは困難だろう。どちらが上とかどちらが下とかそういう見えない枷がなくとも、自由に空を飛び、自由に生きる道をエリンは探していた。だけど、それは怖れによって見えなくなってしまった。分かり合うということは幻想にすぎないのかもしれない。でも、確かに通じているものはある。自分が手を離してしまっても、それでも優しい鼓動がすぐ傍で聞こえるのだから。見えなくても、それは、きっとある。