春の雪。

春の雪 [DVD]

春の雪 [DVD]

 宇多田ヒカルさんのアルバムを聞いていたら、唐突に「春の雪」を観ていないことを思い出して、深夜に観た。映画公開中にお友達といこうかなんて話していた映画だったけれど、友達といかなくてよかった。ひとりでこっそり観てよかった。それほどまでに泣いてしまったからだ。他人の目を気にすることなく、涙が流せたからこそ、心に響くものが残ったのだと思う。映画館だったら、あれほどまでに泣けなかっただろうから。
 大正という時代はとても麗しく見える。日本的な部分を多く残しているのにモダンで新しい。その雰囲気は禁欲的でありながら、自由奔放というような矛盾もはらんでいて、その時代だからこそ2人の愛はあれほどまでに儚く美しく見えるのだろうと思う。冒頭部分から三島作品らしく、格調高そうなセリフがポンポン飛び出してくる。三島由紀夫の作品をきちんと読んだ記憶がない私には、三島らしさというのはこんな感じかなというイメージだけしか浮かんでこないのだが、途中夢と現実が入り交じるあたりが興味深い。
 清顕の愛は複雑骨折だ。興味のないふりをしながら、情熱的で子供っぽい。人にとられると思った瞬間に衝動的に感情に走り、その感情に翻弄されるようにすべてを投げ出していくかに見える。最初のつれないそぶりはあまりにも皮肉めいていたが、自分の中の感情に気が付いた彼はそのすべてを捧げようとしていた。彼のプライドと頑なさが悲劇に繋がった。自分の中で愛という感情を持て余し、手玉に取ろうとし、そして押し殺そうとした。だからなにもかも見えなくした。ただ、その彼のまっすぐに走る子供っぽさもすべて愛おしいと感じられてしまう。彼はあまりにも恋をしていたからだ。そしてそれを彼が自覚していなかったから。
 聡子があまりにもかわいい。竹内結子さんはやっぱりかわいい。こんなにかわいくてどうしようと思うくらいだ。清顕の腕に抱かれているときの艶っぽさも恋に揺れる表情も、そしてすべてを決心した表情も素敵だった。やっぱり女性の方が愛されれば強いのだとわかってしまった。自分の感情に流されることなく、彼を守り遂げた彼女のその心がすべて愛なんだろう。汽車での別れのシーンではそのシーンがはじまった瞬間にすでに涙があふれ出していた。聡子のセリフに泣き、そして百人一首の句を聞いてまた泣いた。涙が全部出てしまうくらい切なかった。聡子はそれほどの想いをあの身体に秘めていたのだ。微笑むその表情ににじみ出ていたのは、彼女の気持ちの何分の一なんだろう。愛を知ってしまった彼女が選ぶ道は一つしかなかった。儚い結末だ。
 聡子の衣装がすごい。大正時代のお着物は柄が斬新でいまでも人気が高い。特に松の柄のお着物が印象的。その他にも観劇での美しい帽子や、レースの美しいワンピースなど枚挙にいとまがない。清顕の詰め襟姿もそそられる。何度か出てきたが、パジャマはシルク製の相当いいものだということがわかるほどの光沢だった。この時代は富めるものの贅はこの上ないものがある。
 不思議に切なくて涙が止まらなかった。恋愛というのは少しの掛け違えですべてが狂って、悲劇へ繋がってしまうのだ。それほど儚い世界なのかもしれない。それでも、愛を見いだした2人を羨ましく想う。身を焦がす恋はきっと本当に欲するものだろうから。